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      <title>自然もの人工もの</title>
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      <description>小さなレゴブロック、世界にはとんでもない物を作る人がいます</description>
      <language>ja</language>
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         <title>こころと身体のつながり　4</title>
         <description>スウェーデン生まれのトゥルービー博士は1500人の赤ん坊のうぶ声を録音し、それをこまかく分析して、その子たちの7年間の成長記録と比較対照するという研究をおこなりました。


その結果、博士は各人のパーソナリティと成長発達のパターンとの関係をあきらかにすることができました。


分析結果を検討した博士は、赤ん坊の最初の呼吸、つまりうぶ声から、その子のパーソナリティ、弱点、健康の度合いなどが予測できると発表したのです。


トゥルービー博十は「うぶ声はすべてを語っている」とのべています。


スウェーデンの研究でもうひとつ紹介しておきたいのは、ストックホルムの6つの病院に入院中の412人の患者についてしらべたものです。


患者はすべて1940年以前に生まれ、1978年から84年のあいだに麻薬中毒、アルコール中毒、自殺のいずれかで死亡した人ばかりでした。


そして研究グループが発見したのは、検査したさまざまなリスクファクター(危険要因)のうち、出生時のトラウマがいちばん顕著だということでした。


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         <pubDate>Mon, 06 Feb 2012 12:59:05 +0900</pubDate>
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         <title>こころと身体のつながり　3</title>
         <description>この方法で生まれた子どもたちは、心身ともに健康状態が抜群であることが判明しています。


・・・わたしも最近、そんな子どもをひとり診たことがあります。


ぬるま湯をいれた浴槽のなかの母親から父親がとりだし、父親が適切な時点でへその緒を切った子どもです。


その両親がわたしのところにきたのは、子どもの健康状態が良好であることを確認するためでした。


小児科に行って水中出産のことを説明するのがめんどうだったらしいのです。


ルポワイエ博士はシンシナティのわたしの治療室に2度ばかり足を運んでくれ、わたしたちはすっかり意気投合して、楽しい時間をすごしました。


めったにないことでした。


もうひとりのお産の名人はヘンリー・M・トゥルービー博士です。


その著書『うぶ声』は出産について書かれた本のなかでも名著といっていいのです。


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         <pubDate>Fri, 06 Jan 2012 12:58:39 +0900</pubDate>
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         <title>こころと身体のつながり　2</title>
         <description>わたしは平手打ちが理想的なやりかただといっているわけではありません。


1950年代の半ば、フランスの著名な産科医、フレデリック・ルポワイエ博士がアメリカで分娩法の講義をしたことがありました。


ルポワイエ博士はわたしの年来の考えがまちがっていなかったことを裏づけてくれました。


博士がいう正しいお産とはつぎのようなものです。


母親がわからの脈がとまるのを確認してから、へその緒を切る。


切ったら、すばやく赤ん坊を首までぬるま湯につける。


もとの環境・・・


つまり子宮の環境を思いださせて、リラックスさせるのです。


つぎに、両手で赤ん坊の尻を支え、ゆっくりとぬるま湯からひきあげていきます。


赤ん坊が緊張するようなら、またぬるま湯にもどす。


ひきあげても緊張しなくなるまで、それをくり返します。


そうすれば、赤ん坊は恐怖で泣きわめくこともなく、空気というあたらしい環境に自然になじんでいくのです。


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         <pubDate>Tue, 06 Dec 2011 12:58:05 +0900</pubDate>
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         <title>こころと身体のつながり</title>
         <description>出産のときにトラウマが生じる比率については正確なデータがありませんが、わたしの経験から見て、その比率はかなり高いといわなければなりません。


出産は複雑きわまる自然のいとなみのひとつです。


胎児は産道を通過するときにぎゅつと圧縮されてねじれ、つぶれたようになっています。


・・・そして、うぶ声をきっかけにして小さく縮んだ姿勢がゆるみ、全身の骨組みがリセットされます。


この国がまだ訴訟に夢中になる以前は、生まれた赤ん坊の足首をつかんでもちあげ、尻を思いきりバシーンとたたくのが標準的なとりあげかたでした。


その一発で赤ん坊が勢いよくオギャーと泣き、吸った空気が全身をめぐるようになるのです。


いまでは、そんなことをしたらまず訴えられます。


産科医は尻に平手打ちをくらわすかわりに、両手の親指で赤ん坊の足の裏を軽くたたいています。


それでも多少の効果はあるでしょうが、平手打ちの効果にはくらべようもありません。


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         <pubDate>Sun, 06 Nov 2011 12:57:08 +0900</pubDate>
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         <title>商業化進むスポーツ　2</title>
         <description>テレビ各局のほうからみれば、全国フットボール・リーグと提携することは、自慢のタネになりました。


そうなるとネットワークのスポーツへの影響力は強まり、これを支配し、操作することもできるようになりました。


たとえば、スポーツのスケジュールに対するテレビ局の介入、コマーシャルのためのタイムアウトや、2度のキックオフの要求などがそれです。


こうしてスポーツの商業化はいよいよ進行してゆくのです。


商業化の点では、大学の場合も同様でした。


しかもネットワークにますます財政的に依存していきます。


たとえば、ペンシルベニア州立大学の場合はひどいですね。


1978～79年のシーズンに、同大学のフットボール試合がABCによって3回中継放送されましたが、それによる大学の収入は200～300万ドルに達したといわれます。


・・・したがって、巨額の収入をあげる運動部の学内における勢力が強くなる半面では、大学本来のアカデミックな活動は犠牲に供されることになります。

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         <pubDate>Mon, 31 Oct 2011 11:41:14 +0900</pubDate>
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         <title>商業化進むスポーツ</title>
         <description>支出の面でみると、たとえばフットボールでは、テレビ中継のため、プロチームや大学に対して1978～81年の3年間に、年平均1億8200万ドルがテレビ局によって支払われています。


これに対し、1963年には、わずか1400万ドルにすぎませんでした。


他方、収入の面ではスポーツ番組のCMから3局とも年間4～5億ドルにのぼる収入をあげています。


1976年の場合をみると、ABCはモントリオール・オリンピックを含めて2億ドル、CBSとNBCはそれぞれ1億ドルの収益をあげました。


スーパーボウルの場合だと、CM1分間で、35万ドルの収入がころがりこみます。


・・・したがって、テレビとスポーツの団体とは特殊な関係を持っているのです。


たとえば全国バスケット協会(NBA)はCBSと、全国大学陸上競技連盟(NCAA)はABCとそれぞれ専属の契約を持ち、また1980年のオリンピックはNBCによって独占されました。


フットボールのコミッショナーは1978～81年にかけて、ネットワークから6億ドルの資金を集めました。

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         <pubDate>Sun, 11 Sep 2011 11:40:32 +0900</pubDate>
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         <title>テレビからの悪影響　2</title>
         <description>ここでいう「遠心的文化」とは、テレビという名の電子メディアによって、人びとの情報能力がますます遠くへ拡がっていく一方では、彼ら自ら住む地方の状況には無関心になっていく傾向のことをいうのです。


今日のテレビによる大量社会では、


「地方自治や地方的忠誠心とか、草の根は弱くなる」半面では、「権力と関心は遠い権力の帝国的首座にますます流出するのである」(カンドー)。


次に、最後にテレビとスポーツの関係に触れておきましょう。


アメリカの「ビッグ・スポーツ」といわれるフットボール、野球、バスケットボールなどは、テレビと互いに持ちつ持たれつの深い関係にあります。


たとえばアメリカで最も人気の高いフットボールの場合、プロと大学を含めて、テレビ中継は1971年の年間800時間に対し、1978年には2200時間と、着実に増加しています。


したがって、ネットワークの収支に占めるスポーツの比重も大きいのです。


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         <pubDate>Wed, 31 Aug 2011 11:39:51 +0900</pubDate>
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         <title>テレビからの悪影響</title>
         <description>たしかに「セサミ・ストリート」のような、誰が見てもよい番組はあったかもしれません。


しかし、これは例外にすぎません。


暴力はドラマばかりでなく、プロレスのような格闘スポーツもこれに加わります。


「このような現象は、明らかにベトナム戦争にまで遡ることができる」として、カンドー教授は、「アメリカ外交政策の非人間性は大量文化に持ちこまれ、その上に反映された」と述べています。


・・・こうしてみると、


「もはや結論は不可避だろう。テレビの全体的影響は、とくに若年者に対し、破壊的だ。


多くの教育者や社会学者によれば、数少ない利点も、欠点のために小さくされてしまっている」(カンドー)。


・・・ほかの評論家は、これとは別の観点から、


「平均的北アメリカ人は、情報ドーナツの穴のなかに住んでいる。


彼はテレビによって発生されつつある『遠心的文化』に集団加盟している」


・・・と主張しています。

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         <pubDate>Sun, 31 Jul 2011 11:38:40 +0900</pubDate>
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         <title>地域レベルの国際化</title>
         <description>フィリピンやタイなどの、いまだ生活水準の低い途上国の女性たちは、少しでも家計を助けようと、豊かな日本へ出稼ぎにきます。


もちろん、日本の農村の男性と結婚することは、いわゆる出稼ぎではありません。


しかし、見合いが成立して日本のテレビのインタヴューに応じている女性が、なぜ結婚する気になったのですかと聞かれて「お金持ちですから」と答え・・・


彼女の父親の感想が「娘はお金持ちと結婚するのですからきっと幸せでしょう」と話しているのをみるにつけ、日本人男性と結婚するアジアの女性が、本当に人生の伴侶を選んだのか、それともお金を選んだのか疑問が湧いてきます。


なにより、「この人が素晴しいから」とか「この人が大好きだから」という答えが返ってこないことが気がかりなのです。


親元に対して現地でいえば何年もの給与額に当たる「持参金」なり支度金を払っている事実も、女性を「もらってくる」という傾向が強いことを示しています。


すでに、日本人の農業青年と結婚して、子供を産み、地域の暮しに定着したといえる女性もいます。


結婚相手の理解とやさしさと家族や近隣の人びとの配慮がなにより日本での生活への適応をうながす大きな要因となっています。


適応過程で忍耐も必要です。


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         <pubDate>Mon, 27 Jun 2011 16:43:02 +0900</pubDate>
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         <title>女性観の再考　2</title>
         <description>再考しなければならないのは女性を蔑視する地域の男性文化です。


そこに気づくことなく、「嫁」不足の解消のために日本人女性をあきらめて・アジアの女性をもらってきても、地域の再生は可能となるでしょうか。


アジアの女性をもらってきて「嫁」としてあてがうやり方が実は、その地域で暮している日本人女性の心には決して受け容れやすいことではないことを、少なくとも、そのあっせんに力を入れている役場の職員は気づいていなければならないでしょう。


現在その地域で暮している女性たちに、このやり方についての本当の気持ちを聞いてみる必要があります。


日本人女性がだめならアジアの女性をもらってくればよいと考え、そうしはじめた男性とそう努力している役場を地域の女性たちはどうみているのか、それが大切なポイントです。


なぜなら、アジアの女性を嫁にもらってくることは、日本人女性が今までのように考えられ扱われていることになんら変更をもたらさないからです。


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         <pubDate>Fri, 27 May 2011 16:42:24 +0900</pubDate>
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         <title>女性観の再考</title>
         <description>この女扁のつく4つの言葉は、男性に従属し、家にしばられる女性の扱われ方を示してはいないでしょうか。


もちろん、このような女性観は農山村に固有のものではありません。


しかし、農山村では、それがより顕著な形で出てきやすいのです。


「嫁」不足問題を本当に解消しようとするならば、その手がかりの一つは、農山村から女性たちがなぜ去ったのか、農業青年との結婚をなぜ望まないのかを聞き出してみることです。


自分を一人の自立した人間として扱わず、男に付き従うものとしてみる地域の文化こそが若い女性からその地で生きていこうとする気持ちをそいでいるのではないでしょうか。


はっきりものをいう女、男より才知のすぐれている女、屈辱的な性を拒否しようとする女、経済的にも自立して生きようとする女・・・


そういう女性は、長い間「優越」してきた男の文化を揺がします。


男の自尊心を傷つけ、男のメンツを失わせ、男が占めてきた社会的地位をおびやかすのです。


もちろん地域を去った若い女性が、みなそう考えたわけでもないでしょう。


しかし、もし、その地にとどまっても自分の可能性を拓いていくことができそうだと思え、その地で共に生きてみようと考えられる男性がいたならば・・・


その男性が農業を生業にしようとも、そこが条件のめぐまれない農山村であっても、あらかじめまっとうな結婚相手のいないところと考えて去っていったでしょうか。


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         <pubDate>Wed, 27 Apr 2011 16:41:18 +0900</pubDate>
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         <title>嫁不足の原因とは</title>
         <description>いうところの「嫁」不足とは、事実として若い女性が生まれ育った町や村を去ったことのひとつの結果です。


なぜ若い女性たちは去っていったのか・・・


それにはさまざまな個別的理由があるでしょう。


わたしは、そうした町や村を訪れてみて、ひとつの共通した理由を見いだせそうに思います。


それは、そうした地域では女性をまっとうに考えていないのではないかということです。


つまり理由のひとつは地位における男性の女性観とその具体的処遇なのではないかということです。


第一、どこでも共通して嫁不足といっています。


実際には「婿」不足の場合もあるでしょうが、それは地域の問題とはならず、もっぱら「嫁」の不足が問題視されています。


言葉遊びのきらいはありますが、「嫁」とは次のような一連の男の女性観の一部です。


つまり、男からみて、女性のいちばん良い頃はといえば「娘」の頃。


その娘が他家からもらわれてくるとき「嫁」となります。


その嫁が、ういういしさを失って亭主にとって鼻につくようになると「婦」(かかあ)となります。


その娯が年老いて古くなると「姑」です。


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         <pubDate>Sun, 27 Mar 2011 16:36:16 +0900</pubDate>
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         <title>登校拒否児について　10</title>
         <description>何よりも、彼寺崎正一の日米のかけ橋として生命をかけた外交が全然意味がなくなり、しかもそのなかで生き抜いた強じんな意志力がわれわれの心を打ちます。


次にグエンの無謀とも無知とも言えるほどの愛情であり、そこに生まれてくるマリ子の中国、日本、さらに後の米国での生活のタフな生命力がおれわれにせまってきます。


私はこの記録を書物で読みまた、テレビでみたときに、受けた印象を、現代の学校拒否と重ね合わせてみたのです。


おそらく、17歳まで、まともな学校教育を受けられなかったマリ子が中国で、日本で経験した戦中戦後の生活は、この上もない貴重な教材になったのではないでしょうか。


おそらく、この父親は子どもに接した時間はほんの数えるくらいしかなかったでしょう。


その苦労の連続で51歳という若さで死亡したので、まともな学校教育は受けさせられなかったのでしょう。


時代が違う、環境が異なる、生来の素質による……などいくらでも反論ができることを承知の上で申し上げるならば、父親と母親が夢中になって生きている姿こそ最も大切な教育であり、子どもは肌で感じとる生き方こそ、これにまさる教訓は無い、というごくありふれた結論なのです。


学校拒否をしているいとまのない緊張感に満ちた生活、これをわれわれは皆どこかに忘れてしまっているようです。

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         <pubDate>Thu, 03 Feb 2011 14:18:18 +0900</pubDate>
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         <title>登校拒否児について　9</title>
         <description>そのためにはやはり、それなりの試行錯誤や失敗のつみ重ねが必要でしょう。


学校生活はその大切な場であるとしても、そのエネルギーの活力はいつも家庭で補給される必要があるのではないでしょうか。


現代の一般的な家庭の図式はそのまま裏を返せば、やはり学校拒否を生む家庭状況にそのまま当てはまるようです。


かつてテレビで放映され皆さんもご記憶に新たな「寺崎マリ子」の一生を半ばドキュメントタッチで描きだした記録があります。


われわれ戦争世代に生きた人間にとってはきわめて鮮烈な印象を受けました。


ご承知のことと存じますが、簡単に荒すじを述べるならば次のようになります。


1900年から51年まで生ぎた外交官が、アメリカでその若い情熱を注いで日米の最も困難なときを生き、その間、グエンという女性と結婚し、まもなく日米開戦、戦後の食糧難時代を敵性国民の夫婦として社会的にも物質的にも苦難を経てくるわけです。

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         <pubDate>Tue, 11 Jan 2011 14:17:52 +0900</pubDate>
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         <title>登校拒否児について　8</title>
         <description><![CDATA[考えてみると、時代がすっかり変わっていますが、われわれの旧制高校の時代は、まさに学校拒否のただ中にいたとも言えるのではないでしょうか。


寮にいたり、または下宿にこもっていて、いっこうに学校に出てきません。


なかには社会的にもすっかり逸脱してしまうものもありましたが、大部分のものは暗中模索、青年らしい未熟ではあるけれどもそれなりの自己開発の自由な時期があり、それなりにのちの活動の土壌となっていたものです。


現代では、そのような時期はどこをさがしてもありません。<a style="color:#222; text-decoration:none; font-weight:normal;" href="http://blog.goo-net.com/taiyoko/" target="_blank">石塚孝一</a>氏によると、中・高校は上級学校進学のためについやされ、親や社会はそれを要求します。


小数の特殊な能力のあるものはスポーツや技術を生かせましょう。


しかし大多数のものはあえて、学校生活を合理化し、できるだけ生きがいをそこに見いだそうとします。


またそれに成功してとにかく狂乱どとうと言われる思春期の迷いと、完全癖と、一方で野放図な自由を求める時代をくぐりぬけます。
]]></description>
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         <pubDate>Mon, 03 Jan 2011 14:17:24 +0900</pubDate>
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